Φ22 神々を訪ねて(その1)

伊勢と諏訪の旅


< 目 次 >

33年ぶりの「青春18切符」/優先順位の変更/伊勢で感じた「倍数表現」/蜂の羽音/諏訪で感じた「ギャップ」/諏訪とユダヤ/前進する蛇/2人の「種をまく人」/鹿の視線


この春に伊勢神宮・諏訪大社・鹿島神宮を巡りました。今回はこのうち、伊勢と諏訪のお話です。 

 

33年ぶりの「青春18切符」

3月のお彼岸に入った頃、「ここではないどこか」へ行きたくなった私は、とりあえず目的地未定のまま「青春18切符」を購入することにしました。

 

この切符は、普通列車限定の一日乗車券が5回分セットになったもので、価格は1枚11,850円。ですから1回あたり2,370円ということになります。

 

日付が変わらない限り、この値段で「普通」列車で全国どこへでも行けます。「目的地までの所要時間」と「ラグジュアリー性」にこだわりがなければ、使い方は「自由」です。

 

どこか自分の人生観にも通じるところがあります。

 

この切符を買うのは人生で2回目でした。前回は今から遡ること33年前の大学生のとき、帰省の際に利用しました。

 

東京―岡山間を12時間以上かけ、ヘトヘトになりながら実家に帰った記憶があります。また、その復路では静岡で力尽き、結局、別料金を支払って新幹線で帰京した苦い思い出もあります。

 

そこで、今回は行動半径を縮小して行先を関東近県とし、まずは、私のお気に入りの絵画である『種をまく人』(ジャン=フランソワ・ミレー(仏)、1850年、山梨県立美術館所蔵)を見に行くことにしました。

 

優先順位の変更

しかし、そんな矢先のことでした。最近、伊勢志摩を旅行してきたという友人からメールを受け取りました。

 

そこには、「伊勢神宮はとても神秘的な場所で心が洗われた」、「ぜひ一度は行ってみるべき」等々の内容が書かれてありました。

 

「伊勢か…」。精神世界に関心を持ち始めて約20年、確かに一度は訪ねてみたかった場所でした。でも、仕事の状況等もあって結局行かずじまいでした。

 

試しにネットで経路を検索してみたところ、普通列車の乗り継ぎでも何とか耐えられそうでした。そこで、山梨は後回しにして、最初に伊勢に行くことにしました。

 

そして、春分の日の翌々日、東京を朝6時半過ぎに出発しました。名古屋経由で伊勢に着いたのは午後3時頃、乗車時間は約8時間半でした。

 

新幹線を利用した場合と比べ、所要時間は約2.5倍、運賃は約5分の1です。多少疲れましたが、浮かせたお金を宿泊費に回して、しっかり休養できました。

 

思えば、ほんの1年前までは毎月の収入があるのが当たり前の生活でした。一方で、時間的な自由には限界があり、以前の私なら今回の旅程は「まずあり得ない選択」でした。

 

「時は金なり」は、時間とお金の優先順位に関する金言でもあるようです。

 

伊勢で感じた「倍数表現」

伊勢到着当日は、夫婦岩のある二見興玉神社を参拝しました。その後、伊勢市駅前のホテルに宿泊し、翌日は徒歩とバスで「伊勢外宮→月夜見宮→猿田彦神社→伊勢内宮→月読宮→倭姫宮」の順に参拝しました。

 

この順路は、ネットで「正式」と紹介されていた情報を参考にしました。ですが、どうもこのルートで参拝する人は少ないようで、実際、参拝者をほとんど見かけない場所もありました。

 

とくに月読宮と倭姫宮では、深い森の中に続く長い参道に私一人きりという状態で、そのあまりの静寂さゆえに「もしや異世界に迷い込んでしまったのでは?」と錯覚しそうなほどでした。

 

さて、一連の参拝を通じて強く感じたことが一つあります。それは、どうも伊勢では「2の倍数」が重視されている、ということです。

 

ここでいう「2」とは単なる個数ではなく、「ペア」という抽象概念を含んだ数です。

 

例えば、海岸に面した二見興玉神社では「夫婦岩」と呼ばれる2つの岩礁に注連縄が渡されています。まさにペアの象徴です。

 

一方、内陸部にある内宮と外宮も「内と外」というペアですし、さらに、外宮側にある月夜見宮と、内宮側にある月読宮は、同じ「つきよみのみや」というペアです。

 

蜂の羽音

ところで、最後に訪れた倭姫宮では、少し奇妙な出来事に遭遇しました。

 

確か、倭姫宮の参道口に到着したのは正午過ぎでしたが、すでに早朝から相当な距離を歩いていたため、疲労の色が濃くなっていました。

 

前述したように静寂に包まれた参道を一人黙々と歩き、本殿の前に立ちました。そして、柏手を打ったその時でした。

 

ふいに耳元で「ブーン」という蜂の羽音が聞こえてきたのです。驚いて周囲を見渡したものの、蜂の姿はありませんでした。そもそも季節外れです。

 

倭姫命といえば、天照大御神の神意を受けて伊勢神宮をこの地に定めた高貴な女性。蜂もまた「神使」とされる生き物です。やや警告的なニュアンスを感じたので、平謝りでその場を後にしました。

 

先月、この件について日頃スピリチュアル面でお世話になっているD氏に伺ったところ、やはり、神に向き合う私の姿勢に対する警告だったとのこと。

 

具体的には、自分のエゴと向き合わずに「外側に神を求める姿勢」への戒めだったそうです。自らのふがいなさを思い知らされた一件でした。

 

ちなみに、蜂はハチで「8」。その羽は「2」枚。警告も「2の倍数表現」でした。

 

諏訪で感じた「ギャップ」

伊勢から東京に戻ってから程なくして、私は次の行先である山梨への旅程を組み始めました。

 

その最中、ふと、隣県(長野県)の諏訪大社にまだ一度も足を運んだことがないことに気づきました。

 

そこで、再び目的地を変更し、諏訪に行った帰りに山梨に立ち寄ることにしました。

 

さて、「諏訪大社」は、上社前宮・上社本宮・下社春宮・下社秋宮の計四社で構成されています。

 

意外だったのは、上社と下社がかなり離れた場所に位置していることでした。現地の公共交通手段も限られており、青春18切符ユーザーの私にとっては、移動が最大のネックになりそうでした。

 

ですが、幸いにも無料バスツアー付きのホテルを確保でき、四社すべてを午前中だけで楽々と参拝することができました。

 

なお、一連の参拝の印象ですが、上社では男性的で荒々しい気を感じました。「強きをくじき、弱きを助ける」という、やや任侠的な雰囲気も感じられたので、伊勢での「蜂の羽音」の一件を踏まえ、私的なことは願わず畏怖心をもって参拝に臨みました。

 

一方の下社では、それとは対称的な、女性的で柔和な気を感じました。

 

上社と下社も「上と下」という、ある意味で「ペア」の関係です。しかし、伊勢のそれとは異なり、両者の間には深い「ギャップ」があるように感じられました。

 

諏訪とユダヤ

その「ギャップ」感は、上社側で感じた強い個性によるところが大でした。

 

ちなみに、上社の御神体は「守屋(もりや)山」という自然の山です。ガイドさんの話によれば、この地域ではわりと最近まで「鹿」を生け贄として神に捧げる風習が残っていたそうです。

 

一方の下社は「御神木」が御神体ですが、上社のような「血の風習」はなく、神への捧げ物は「食事」だそうです。同じ諏訪大社でも、ここまで文化的な違いがあるとは少々驚きでした。

 

なお、この守屋山一帯の風習に関しては、「ユダヤ」とつながりを指摘する向きもあるようです。

 

旧約聖書の創世記の一節に、神がアブラハムの信仰心を試すため、一人息子イサクを「生け贄」として捧げるよう命じる、いわゆる「イサクの燔祭(はんさい)」とよばれる出来事が記されています。

 

ここで、イサクを捧げるよう指定された場所が、エルサレムにあったとされる「モリヤ」の山です(場所については諸説あり)。

 

周知のとおり、結果的には神はアブラハムを認め、近くにいた「羊」がイサクの代わりに屠られました。

 

羊は、キリスト教において「神使」とされる動物ですが、昔の日本ではほとんど生息していませんでした。

 

その代用として、日本の「神使」動物である「鹿」が捧げられた…。このように解釈すれば、物語の構図としてはほとんど同じです。

 

となると、諏訪湖はさしずめ「死海」でしょうか。

 

上社エリアと下社エリアの文化的差異が、旧約時代と新約時代の「神と人間」の関係性の相違にどこか通じているようでもあり、興味深い説だと思いました。

 

前進する蛇

さて、諏訪大社の参拝を正午過ぎに終えた私は、一路、山梨県立美術館がある甲府へと向いました。

 

その道中、ボーっと何も考えず車窓の風景を眺めていたら、ふいに幾何学的なイメージが頭に浮かんできました。

 

最初に「円」がありました。

 

続いて、その円が8等分されてピザのピースのような形になって分離しました。

 

そして、2つのピースが上下反対向きに「△▽」のように組み合わさって、平行四辺形の状態になりました。

 

さらには、それが「△▽△▽△▽…」という具合に連結されていき、細長い平行四辺形になっていきました。

 

「△▽△▽…」の上辺と下辺は、各ピースの「円弧」に対応しているため、「~~~」のように波打っていました。

 

その全体像は、まるで「前進する蛇」でした。

 

どうも最初に見えた「円」は、完全なる存在、すなわち「神」を象徴しているようでした。

 

私は、過去に読んできた様々なスピリチュアル系書籍を通じて、神といえば「根源的な無」ないしは「ただ在る」的な、泰然自若な存在に違いないと思っていました。

 

ですが、このイメージを見てから、どうもそれは一面に過ぎないと思うようになりました。

 

神とは、「前進する蛇」のごとく「力動的な存在」でもあり、「無」の状態と「有」の状態を無限に往来しつつ進化する、「動き」そのもの…。今はそう感じています。

 

どなたがインスピレーションを与えてくれたのかは分かりませんが、大変ありがたい気づきでした。

 

2人の「種をまく人」

その後、甲府に到着した私は、駅からバスで15分ほどの場所にある山梨県立美術館に向かいました。

 

そこで、ジャン=フランソワ・ミレーが描いた『種をまく人』と数年ぶりに対面しました。

 

この絵の題名は、イエス・キリストが語ったとされる「種を蒔く人のたとえ」に由来します。

 

新約聖書によれば、「種を蒔く人」とは「神の言葉を蒔く人」を意味します。ミレーはこの作品を制作するずっと以前から、このテーマに特別な関心を寄せていたそうです。

 

ところで、この作品には一つの「謎」が存在します。実は、ミレーはなぜか寸法も構図もほとんど同じ『種をまく人』を、同じ年に2枚制作しているのです。

 

そして、このうちの1枚をサロンに出品しているのですが、なぜわざわざそんなことをしたのか、また、どちらが出品されたのか、諸説あるものの結局よく分からないのだそうです。

 

ちなみに、もう1枚はボストン美術館(米)にありますが、両者は「双子」と評されることもあり、もはや真贋論争自体が意味をなさないといいます。

 

個人的には、ミレーは最初から「双子」の作品として制作したが、経済的な理由もあって、そのうちの1枚をサロンに出品したと考えています。

 

一画家としての「生存戦略」上、上流社会層が「美を消費する場」にやむなく差し出された1枚…。

 

もし仮に、ミレーがそこに「イサクの燔祭」を重ねていたとしたら、この2枚は「イサク」と「羊」の関係ということになるでしょうか。

 

日米に存在する2人の「種をまく人」。両国間の敵味方を超えた歴史を鑑み、少々、都市伝説めいたことを考えてしまいました。

 

鹿の視線

ちなみに、山梨県立美術館では、『種をまく人』以外にも数多くのミレー作品が展示されています。

 

実はこの日、『種をまく人』以上に強く印象に残った作品がありました。

 

それは、比較的最近になって同美術館に収蔵された『古い塀』(1862年頃)という作品です。

 

古い石垣の塀の向こうにある鬱蒼とした森があり、そこに佇む野生の鹿がこちらの気配を、石垣が崩れ落ちて出来た塀の裂け目からじっと窺っている…という構図の絵です。

 

絵に描かれていた森の雰囲気が、当日の朝に訪れた守屋山麓のものと非常によく似ており、かつ、そこに「鹿」が描かれていたことに、ある種のシンクロニシティを覚えました。

 

そして、そこに生々しい「鹿の視線」を感じるのとほぼ同時に、「鹿島」という言葉が頭に浮かびました。

 

こうして、全くの未定だった青春18切符の最後(5回目)の使い道が、あっという間に決まっていったのでした。(つづく)

 


Contact

メモ: * は入力必須項目です